2夜50

教育:産業革命以降の250年間の価値観から解き放たれる(こうたん)

わたしは今の社会の枠組みの中では成功者であり、見えない世界をなかなか信じられない人たちの代表です。今回大人サミットに参加した目的は、少しでも信じられるようになりたい、と思ったからです。実際に参加してみて、これまで自分が懸命に努力していた価値観が、産業革命以降の250年という、歴史的に観てもほんのごく最近の価値観なのだと知り、それはショックであり、ものすごく嬉しいという気持ちでもあります。さらに、遥か彼方の何万年というサイクルの中でわたしたちが生きているとまでは考えたことがありませんでした。

そんなわたしが大人サミット中、一番感銘を受けたことは、昨晩の子ども会議です。ひとりの小さな男の子が鉛筆を友達の額にさしてしまったことを皆の前で報告していました。驚いたのは、たくさんの人たちが彼を叱ったことです。今のわたしの生きている近所で同じことをしたら、そこではもう生きていけません。今の一般的な日本の家庭生活の中ではありえないことだからです。だから、わたしは絶対に他人の子どもを叱ることをしません。それはたいへんなトラブルになります。ただ、どちらが異常なのでしょうか。そう考えてみれば、問題は明らかです。

わたしが子どもの頃は、近所のおじさんやおばさんによく怒られていました。しかし、それは今、ここ木の花ファミリーでも可能なのです。それは、愛を持って育てていく意識があってのことだと思います。そして、そういった環境で育った子どもたちが描いた絵や詩の中に嘘はありません。今後、現役の一線を退いた後、何らかの形で世のため人のために役に立ちたいという気持ちはあるのですが、今の自分がそういうことをやっても嘘になると思います。そのときにどうしたらいいのか。それはおそらく、誰かのためということが自分から切り離された誰かではなく、その誰かというのが実は自分なんだという感覚を持つことができれば、無理しないでできるのだろうとは思います。今までずっと自分のことだけを考えて生きてきたわたしにしてみると、ここは奇跡のような世界です。こういう人たちが本当にいるのだ、というのは驚きでした。ですので、皆さんの存在自体がわたしの不安を消してくれるひとつの証拠になっています。

(木の花ファミリーの子供たちの絵や詩のリンク

(こうたんが描いた人生の時間配分図)

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